電王戦FINAL

第二局 永瀬六段 vs Selene

永瀬六段および連盟の裁定を圧倒的に支持します。
あの局面は永瀬六段の明快な勝ち(実際手元のソフトにかけても、永瀬六段が大盤解説で披露した55玉48角成の局面を判断させたら評価値5桁クラスの大差でした。ちなみにそこまでの流れは王手の連続で別の手を指す余地はなし)ですし、コンピュータにバグがあって負けたのならそれは100%コンピュータの問題であって対局相手に非を求められるものではありません。
元々バグを突かなくても永瀬六段の勝ちだった、バグが発生したのはコンピュータ側の問題、違反手を指したのもコンピュータの意思、よってあの裁定は妥当だと思います。


以下、この件についてもう少し深い考察。


コンピュータと人間、どっちが強いのか、それ自体については、既にある程度結論は出ていると思います。
出場棋士たちも、事前練習で勝ち越してるわけではないことは堂々と公開して認めていますし、棋士側に意地でも認めない戦績も隠すという姿勢は感じられない。解説者たちも十分にコンピュータの強さを認めた上での話をしています。


その上でこの勝負に対し、というよりコンピュータ将棋に私が求めるのは、勝負としての将棋力が、コンピュータにどの程度あるのかということ。


コンピュータ将棋は、純粋に理論としての将棋だけを突き詰めている段階で、勝負力はまだないと思っています。
それでも強いから勝ちますが、強いから勝つのは勝負力が上回っているわけではない。


将棋には、勝負手という概念があります。
厳密には最善手ではないけど、相手を間違えさせやすい手を指すことで逆転の可能性を高くする手段。
これができないのがコンピュータ将棋の弱点であるとは、以前から思ってましたし指摘されていました。
不利と認識するとそのまま自重して不利を相手にも伝え、逆転を狙わない。ただより一層悪くする手を指さないだけで延命をする。
これは「正しい」ですが「逆転しにくい」指し方です。


しかし人間が実際にやっている将棋というゲームは、対人の駆け引きがあります。
そこにも勝ってこそ、最終的に勝てる。それが将棋というゲームの本質。
プロはその面においても超一流であるからこそ、地獄のような奨励会を抜けてプロになれます。


そのプロが、「本気で勝とうと真剣に臨んでくれた」選択であり結果が今回のこれだと思います。
だから「よくそこまで、体面やかっこよさではなく純粋に勝負を求める姿勢を、『本業ではないコンピュータ将棋なんか相手に』見せてくれた」というべき場面でした。


第四局の村山七段も既に「コンピュータに対し有効な作戦を見つけている。それが見ている方から見て顔をしかめられるものであっても、今回は勝負に徹するために採用する」とPVで表明しています。
このプロの勝負に対する真剣な姿勢、それこそが今の電王戦で私が見たいもの。